名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)3327号 判決 2000年8月30日
原告
桑原豊子
被告
狩野実香
ほか一名
主文
一 被告狩野実香は、原告に対し、金七三七万〇七〇一円及びこれに対する平成六年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告医療法人水谷病院は、原告に対し、金一一〇万円及びこれに対する平成六年六月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは、原告に対し、連帯して金三六九万〇八三八円及びこれに対する被告狩野実香については平成六年六月一五日から、被告医療法人水谷病院については平成六年六月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、これを二〇分し、その七を被告狩野実香、その三を被告医療法人水谷病院の負担とし、その余を原告の負担とする。
六 この判決は、第一項ないし第三項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、連帯して、原告に対し、金三七〇五万八一七八円及びこれに対する平成六年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が被告狩野実香(以下「被告狩野」という。)に対して後記一1記載の交通事故を理由として損害賠償請求(民法七〇九条)を、被告医療法人水谷病院(以下「被告病院」という。)に対して後記一2記載の治療経過における不法行為(民法七〇九条、四四条一項)又は債務不履行責任に基づく損害賠償請求をそれぞれ求める(民法七一九条)事案である。
一 前提事実(争いのない事実及び弁論の全趣旨から認められる事実)
1 交通事故
(一) 日時 平成六年六月一五日午前八時四三分ころ
(二) 場所 名古屋市熱田区金山町一丁目七番八号先歩道上
(三) 加害車両 被告狩野運転の自転車
(四) 被害車両 原告運転の自転車
(五) 態様 加害車両の後輪と被害車両の前輪が衝突
(六) 結果 被害車両の転倒により原告が負傷
2 治療経過
(一) 原告は、平成六年六月一五日(本件交通事故当日)、直ちに事故現場付近の被告病院が開設する水谷病院に搬送されて外来診療の後入院措置がとられ、被告病院代表者水谷武彦医師(以下「水谷医師」という。)の診療を受けた。
(二) 原告は、同月二四日、水谷病院において水谷医師により人工骨頭置換術を受け、同月二七日から理学療法を開始し、同年一二月二九日に同病院を退院した。
(三) 原告は、平成七年八月二四日、訴外中部労災病院(以下「中部労災病院」という。)に転院して診察を受けたところ、右人工股関節障害と診断され、同年一〇月四日に同病院に入院して同月二〇日に人工股関節再置換術を受けた。
(四) その後、原告は、中部労災病院を平成八年二月一〇日退院し、通院治療を受けて同年一二月三一日をもって症状固定と診断された。
二 争点
1 本件事故態様、被告狩野及び原告の過失
(原告)
被害車両が本件事故現場である歩道を走行中、右後方から高速度で進行してきた加害車両が被害車両を追い越し、その直後に進路を左へ変更したため衝突したものであって、被告には被害車両の前方に進入するに当たって被害車両の速度、進路等に応じてできる限り安全な速度と方法で進入すべき義務を怠った過失がある。他方、原告は衝突を回避することができなかったから過失はない。
(被告狩野)
加害車両は被害車両に先行して被害車両よりも歩道の右側を走行していた。被告狩野は被害車両と車間距離が開いたのを確認した後、本件事故現場付近の歩道と車道の段差が無くなっているところから車道に出るため進路を左に変更し、自車の前輪が車道にかかる位置でいったん停止した。加害車両が停止して少し間があってから加害車両の後輪あたりに軽い衝撃があり、被告狩野が後ろを見ると被害車両が転倒していた。この経緯に照らすと、原告は停止した加害車両との衝突を十分回避することができたのであるから、本件事故の原因はもっぱら原告の自転車運転操作の誤りにあり、被告狩野には責任はない。
仮に被告狩野に責任があるとしても、本件事故の発生には原告に大きな過失が認められその割合は五割を下らない。
2 被告病院の責任
(原告)
(一) 人工骨頭置換術選択の誤り
原告の大腿骨頸部内側骨折は、転位が明らかではなくガーデン分類のⅡ型に該当し、年齢、全身状態や既往歴等からして骨接合術の適応があるにもかかわらず、水谷医師は人工骨頭置換術を選択したのであって、この点に水谷医師の過失がある。仮にガーデン分類のⅢ型であったとしても、原告は受傷後直ちに被告病院に搬送されているのであって、整復固定の時期が遅れたものとはいえず、骨折としても軽度で骨の整復は容易であったから、骨接合術の適応はあった。原告が結果的に整復困難な状態に陥っていたとしてもそれは本件交通事故後直ちに牽引等の適切な処置を行わなかったことによるものであり、適切な牽引等の処置が行われていれば人工骨頭置換術の適応とはならなかった。
人工骨頭置換術を施行したため原告は右股関節の用を廃することとなったのであるから、水谷医師のこの過失と原告の後遺障害との間には相当因果関係がある。
(二) 人工骨頭置換術施行時の手技上の過失(不十分な骨セメント充填、内反位によるルーズニングの発生)
水谷医師は、人工骨頭置換術を行うに際してルーズニングが発生しないように十分に骨セメントを充填したりステムが内反位を起こさないように設置するなどの注意義務があったにもかかわらず、人工骨頭置換術の際に十分に骨セメントを充填せず、ステムを内反位に設置した過失がある。その結果、原告は人工骨頭のルーズニングを生じ、訴外中部労災病院に転院して再手術を余儀なくされたことによって原告の加療期間が通常よりも長期化するという損害の拡大があった。
人工骨頭置換術は本件当時一般臨床医において実施されていたものであり、被告病院が一般の医療機関であることをもって水谷医師の注意義務の程度が軽減されるものではない。
(三) 説明義務違反
仮に本件が骨接合術と人工骨頭置換術の境界例であったとしても、骨接合術を選択すれば後遺障害が残存しない可能性があるのに対し、人工骨頭置換術は股関節の用を廃することとなり、ルーズニング等の合併症が生じる危険性がある。加えて骨接合術は不奏功に終わった場合でもなお人工骨頭置換術を選択できるが、その逆は不可能であることを考慮するならば、医師の説明の範囲は、人工骨頭置換術の内容・目的・必要性、人工骨頭置換術に伴う危険、代替可能である骨接合術について広く説明すべき義務があったにもかかわらず、水谷医師はこれを全く行わなかったものであり、説明義務違反が明らかである。
水谷医師が原告に右の説明義務を履行したならば原告は人工骨頭置換術に同意しなかった蓋然性が高いのであるから、本件については逸失利益等の財産的損害も説明義務違反による賠償の対象となる。
(被告水谷病院)
(一) 人工骨頭置換術選択について
被告病院が原告に対して人工骨頭置換術を選択した理由は概略左記のとおりであり、その選択に過失はない。人工骨頭置換術を選択した理由は、<1>原告の年齢が六一歳と比較的高齢であること、<2>転倒という比較的軽微な外傷であるにもかかわらず大腿骨頸部内側骨折を生じているという受傷機転、原告の年齢、体格(比較的小柄で華奢)等から骨粗鬆症が疑われる等骨の脆さが推測されること、<3>大腿骨頸部内側骨折の場合は骨膜性の骨新生がなく、骨癒合を期待し難い上に、前記受傷機転等から推測される骨の脆さから、骨接合術を行っても骨癒合し難いと推測されること、<4>骨接合術は、長期のベッド上安静や免荷が必要となるところ、高齢の場合には筋力が衰えやすく、仮に骨が癒合しても脚力が衰え、歩行困難を生じ易いこと、<5>長期の安静や免荷のためリハビリが長期化して家庭復帰や社会復帰が長期化すること、長期のベッド上安静により痴呆の発症も報告されていること、<6>本件の骨折の態様がガーデン分類のⅢ型あるいはⅣ型に該当すると評価されること、<7>骨折の骨折線の角度が七〇度近くで剪力が働きやすく、骨癒合に不利であること、<8>昭和四〇年ころに脳出血の既往があり、胃潰瘍の内服治療中であることに加え、心電図でST―T波の異常が指摘されており合併症が示唆されることが挙げられる。
(二) 手技上の過失について
(1) 中部労災病院における原告の診察録に基づいても、原告の人工骨頭にはルーズニングの可能性があったに過ぎない。
(2) 原告の人工骨頭ステムのポジションが内反位になっていること、セメント量が不足しているとの指摘は人工骨頭あるいは人工股関節の専門家を水準としての評価である。被告病院のような整形外科開業医の医療水準を基準に注意義務の有無が判断されるべきである。また、整形外科開業医においてはあらゆる整形外科分野における疾患を対象としているのであり、関節外科とか股関節のみを専門化することはできないところ、老人の大腿骨頸部内側骨折は決して珍しくなく、これらを全て関節外科の専門科を設置する病院に搬送することは非現実的である。
(三) 説明義務違反について
医師の説明義務に基づき説明すべき事項は、患者毎、個別症例毎に検討する必要があるのであって、本来医師が優れていると考える治療方法以外の代替可能な他の治療方法を詳細に説明することは時として患者を混乱させることにつながる。本件でも水谷医師は原告の年齢や骨癒合の可能性、再手術の危険性、骨折の状況から医師において人工骨頭置換術が優れていると判断し、それを患者に説明したものであり、人工骨頭置換術の短所であるルーズニングについては必ずしも詳細な説明はしていないものの、当時の原告の心情に照らし、医師が人工骨頭置換術を勧める一方でルーズニング等の短所を詳しく説明することはいたずらに患者を不安に陥れ、医療に対する不審を招く。
更に、原告には医師に質問し得る機会が十分にありながら質問をせずに人工骨頭置換術の手術同意書に署名押印したものであり、そうでありながら事後になって説明義務違反を理由に損害賠償を求めることは医師にとって不意打ちにほかならない。この点については原告にも注意義務違反があるから過失相殺を主張する。
説明義務違反と損害の範囲については、仮に原告にルーズニング等について詳細に説明していたとしても、原告が高度の蓋然性をもって骨接合術を選択したとは認められない。
3 被告らの責任の関係
(原告)
本件においては、交通事故と診療行為の開始時期は密接しているのであり、被告狩野と被告病院の責任関係は民法七一九条所定の共同不法行為の関係にあるから、各自原告の被った全損害を賠償すべき義務がある。
本件は、水谷医師の説明義務違反によって単に原告の自己決定権が侵害されたに止まらず、水谷医師がこれを履行していれば原告はこれに同意せず、その結果後遺障害が残らなかったものであるから、身体に対する有形力の行使があったものと同視すべきであり、説明義務違反についても共同不法行為の成立を認め得る。
ただし、人工骨頭置換術の手技上の過失と原告の後遺障害との間には条件関係はなく、右過失と相当因果関係にある損害は、ルーズニングのため原告が中部労災病院に転院し、再手術を余儀なくされたことによって、原告の加療期間が通常の加療期間よりも長期化したことに伴う付添看護費、入院雑費、休業損害、入通院慰謝料となる。この拡大部分については被告らが共同不法行為として連帯責任を負うこととなる。
(被告病院)
説明義務違反が認められるとしても、交通事故と医師の説明義務違反とは行為類型を異にし、過失構造も異なっているのであって、本件では損害額も別個に算定することが十分に可能である。また、診療行為上の注意義務違反が認められるとしても、本件においては寄与度に応じた損害の認定をするのが妥当である。
4 原告の損害
(原告)
(一) 治療費・文書料 一三万五四九〇円(内金一三万〇二四〇円を請求)
(二) 付添看護費 二一三万二〇〇〇円
原告は入院期間中近親者一名の付添が必要であった。入院三二八日間につき一日六五〇〇円の割合で計算する。
(三) 入院雑費 四五万九二〇〇円
入院三二八日間につき一日一四〇〇円の割合で計算する。
(四) 装具代 一万一一〇〇円
(五) 休業損害 七一九万六三四五円
原告は有職の主婦であるから平成六年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の女子労働者の平均賃金額三二四万四四〇〇円を基礎として、入院期間(三二八日)について一〇〇パーセント、通院期間中(六〇二日)については八〇パーセントの割合で就労が制限された。
(六) 入通院慰謝料 五〇〇万円
(七) 逸失利益 一一七七万七五八八円
後遺障害等級八級七号に該当する。症状固定時六三歳であって今後平均余命の二分の一に当たる一〇年間の稼働が可能であり、前記センサス(ただし平成七年)の平均賃金に基づき労働能力喪失率を四五パーセント、ホフマン式により中間利息を控除(係数七・九四五)すると右の金額となる。
(八) 後遺障害慰謝料 一〇〇〇万円
原告は右股関節の用を廃することとなったものであるが、被告病院における初回の人工骨頭置換術時の前記過失によって再置換術を余儀なくされたものであり、再置換術の術後成績は初回手術よりも低下するといわれており、合併症も生じやすく、永久的に使用に耐えうるものではなく、摩耗により再びルーズニングの発生する可能性が高くなる。そのため、原告には再再手術の可能性も高く、ついには歩行不能となるのではないかとの不安も強い。後遺障害慰謝料の算定においてはこの点についても考慮されたい。
(九) 弁護士費用 三〇〇万円
(一〇) 被告狩野主張の損益相殺のうち労災保険給付金二六四万八二九五円は原告が障害一時金として受領したことを認め、その余については知らない。
(被告狩野)
原告の股関節の可動域は現状は九〇度くらいであり日常生活をするに差し支えない程度であるから、労働能力喪失率は四五パーセントよりも遙かに少ない。
原告に対し本件事故による損害賠償金の一部として三二一万三七一五円が支払われている。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件事故態様、被告狩野及び原告の過失)について
1 証拠(甲一一、一二、乙一、二、一一、一二の1、2、丙一ないし四、原告(第一回)及び被告狩野実香本人。ただし甲一一及び原告本人尋問(第一回)の結果については後記の信用しない部分を除く)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は、JR金山総合駅(本件事故当時は工事中)の南側にある東西に伸びる道路の南側歩道上(以下「本件歩道」という。)である。この歩道はレンガ舗装がされ車道との間に段差があり、幅員は約五メートルである。本件事故現場西側にある金山新橋交差点から本件事故現場までの距離は五〇メートル足らずである。本件事故現場付近はこの歩道に接するビルの駐車場の入り口があるため歩道から車道にかけてなだらかなスロープとなっている。本件事故現場の車道を挟んだ北側には、本件事故当時市営駐輪場があった。
(二) 原告は、金山新橋交差点の南側横断歩道の西側で赤色信号に従って停止した後、青色信号に従って横断歩道を西から東に横断して本件歩道に入り、西から東に向けて進んだ。
(三) 被告狩野もまた金山新橋交差点の南側横断歩道の西側で赤色信号に従って停止した後、青色信号に従って原告と共に横断歩道を西から東へ横断して本件歩道に入り、西から東に向けて進んだ。その際、被告狩野は加害車両のスピードをかなり上げて本件歩道の中央左を走行していたところ、原告もこれに続いてやや車道側を走行していた。被告狩野は、本件事故現場でスロープから車道に出て車道を横断して市営駐輪場に入ろうと考え、後方確認のために横を向いたところ原告が視野に入らなかったために原告との間には十分な間隔があると考えて加害車両の進路を左に向けて歩道の端で車道方向を向いて足をついて停止した。そして、被告狩野が車道を走行する車のないことを確認している時に、加害車両の後輪に衝撃があり、被告狩野が振り返ると原告が歩道上に転倒していた。
(四) 原告は、横断歩道で信号待ちをしている時には被告狩野はいなかった、本件歩道をゆっくりと走行中に被告狩野に右側から追い越され、その後被告狩野が急に進路を左に変えたために避けることができずに加害車両に衝突したとの趣旨を述べ、陳述書等(甲一一、一二、一六)を提出する。しかし、通勤途上の信号待ちの際に、他に信号待ちをしていた人の人数や男女年齢層などの別を明確に区分して記憶しているということは、特段の事情のない限り不自然であるところ、原告は、本件事故前の信号待ちで停止した時に、「私の他には歩行者が五名、自転車が三名信号待ちをしていました。自転車に乗って信号待ちをしていた人は、男子学生が一人、中年の女性が二人でした。若い女性は信号待ちしていませんでした。被告狩野は信号待ちしていませんでした。」と述べ(原告第一回5項)、あるいは「歩行者五、六人と自転車に乗っている男子学生と中年女性の二人が信号待ちをしていました。」(甲一一・二項)と記載しているところ、記憶している理由につき尋ねられると人数についてのみ「大まかな数字」と訂正するなどしており(同29項)、全体として必ずしも信用することができない。他方、被告狩野は、信号待ちをしていたときに原告も信号待ちをしていたのかどうかは特に気づかなかったものの、横断歩道を渡っている段階から本件事故現場付近で車道を横切ろうとしていたために周囲の状況を気にしていたために同一方向に向けて自転車で横断歩道を渡っていく原告に気づいたとの趣旨を述べており(被告狩野7ないし9項)、この供述は原告が一緒に横断歩道を渡っていたことが記憶に残っていることにつき首肯できる説明があり信用することができる。
また、衝突に至る状況についても、原告は、当初、「狩野さんの自転車が私の右側を通過し、私を追い越した直後に突然左にハンドルを切りました。」、「狩野さんが突然ハンドルを切ってほとんど私の自転車との間に距離がなかったため、狩野さんの自転車の後輪と私の自転車の前輪が衝突し・・」と説明し(甲一一・三項)、その後、「(自分の走行速度は)速歩き程度の速度でした。」、「はじめに被告狩野に気がついたのは衝突地点から約五メートルくらい(手前の)位置でした。被告狩野は私の右側を通過しました。被告狩野が私の右側を通過した後、衝突地点から二メートルくらい手前で、被告狩野は突然ハンドルを左に切って停止しました。私はブレーキをかけたのですが間に合いませんでした。私の自転車の前輪と被告狩野の自転車の後輪の左側が衝突しました。」と明確に位置を指摘して状況を述べているにもかかわらず(原告第一回6、10項)、被告狩野の訴訟代理人から、追い越されてから進行を遮られるまでの間に時間的間隔があったということかと問われた際には、これに答えず(同20項)、その後「(被告狩野に初めて)気がついたのが二メートルくらいのところです。」と供述を変え(同33項)、しかしなお、「(衝突時)被告(狩野)は自転車に乗って足をついて立って停止していました。」とも述べ(同37項)、さらに、原告本人尋問終了後に作成されたことの明らかな報告書(甲一六)では、「突然右後方から、勢い良く、私の目の前を、進路をふさぐような形で、相手は急にハンドルを左にきったのでした。」、「ぶつけられた瞬間の状況は、私の前輪が相手の自転車の左側に衝突したのではなく、相手の自転車によって私の自転車の前輪を引っかけるように接触したというものです。」、「相手が右後方から追い抜きざま、突然進路変更をし、私の目前の右から左を横切ったために、相手自転車が私の前輪を引っかけたことにより、つまり相手から受けた接触により事故となったものなのです。」(同書証五、六丁)と更に異なる事故態様を説明しており、また、原告の治療先である被告病院で、本件事故の態様につき、「平行して走行していた自転車が急に前を横切り・・・」と原告自身説明し(乙一・三二、七七頁)、追い抜きざま進路変更されたとは説明しておらず、これらの状況に照らすと、事故態様についても原告の供述及びその作成にかかる陳述書及び報告書は信用することができない。
(五) そして、原告と被告狩野が同時に横断歩道を渡っていること、被告狩野の速度、被告狩野が停止してからまもなく原告が衝突していること、原告は衝突後右側に倒れた被害車両の更に右に転倒した状況、更には、事故態様につき前記のとおり一貫しない説明しかできない状況に照らすと、原告もまた被告狩野を上回るほどではないにしろ相当程度の速度で被告狩野に続いて進行し、本件事故の直前には前方を注視していなかったものと推認することができ、これを覆すに足る証拠はない。
(六) 被告狩野の停止位置について、同人は車道の路側帯の白線を加害車両の前輪が踏んでいたと述べるが(被告狩野12項)、加害車両の全長が約一七〇センチメートルであるのに対し、路側帯は約六〇センチメートル、歩道のスロープ部分は約一メートル程度であるものの、本件事故現場西側の本件歩道と車道との間には街路樹の植樹帯、公衆電話ボックスなどが設置されており本件歩道は車道側から一メートル以上離れて歩道のほぼ中央部分を走行しないとまっすぐ走ることができないこと、原告はまっすぐに走行してハンドルを切ることなく加害車両後部に衝突したことに照らすと、停止位置についての右の被告狩野の供述は信用することができず、むしろ、右の本件歩道の状況と原告の走行状況に照らし、同人は加害車両の後部を歩道中央部分にかけた位置で停止していたものと認めることができる。
2 右に認定した各事実に照らすと、被告狩野には、自転車で走行して進路を変更して停止するにつき、後方から進行してくる他の自転車の動静を十分に確認して進路変更をして、他の自転車の走行を妨げることのない位置で停止をしなかった過失がある。しかしまた、原告も前方注視を欠いた過失があることが明らかであり、これらを総合考慮すると、原告と被告狩野の過失割合は、原告五〇に対して被告五〇と見るのが相当である。
二 争点2(被告病院の責任)について
1 人工骨頭置換術選択の誤りについて
(一) 証拠(甲六、一三の1、一四、二〇、二一、乙一、二、八ないし一〇、一五、証人東倉萃、被告病院代表者)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告の傷病名は右大腿骨頸部内側骨折である。この骨折は、通常ガーデン(Garden)分類によりⅠないしⅣの型に分類される。大腿骨頸部内側骨折の治療は、保存療法、骨接合術及び人工骨頭置換術(あるいは人工関節置換術)の三つに分けられる。このうち保存療法は全身状態から手術不可能な例以外に適応はないが、骨接合術と人工骨頭置換術の選択は、ガーデンの分類、患者の年齢等を考慮して決定される。原告は、本件事故当時六一歳であった。
(2) ガーデンの分類と骨接合術又は人工骨頭置換術の選択については、文献上、「ガーデンのステージⅠ、Ⅱは骨接合術、ステージⅣは人工骨頭置換術。」(甲一三の1)、「通常ガーデンⅢ、Ⅳ型に対しては人工骨頭置換術が適応となる。」(甲六)、「ステージⅢの骨接合術の成績はよく、遅発性骨頭陥没の発生率は低いので、かなりの高齢者以外は原則として骨接合術を行うべきである。若年者では骨壊死発生が危惧される場合でも骨接合術を第一選択とする。(骨折部の状態からみた治療法の選択としては)ステージⅢでは牽引によって容易に整復できるものは骨接合術を行う。」(甲二〇、二一)、「ガーデン分類ステージⅢ、Ⅳで七〇歳以下では骨接合を第一選択とし、ステージⅢ、Ⅳで七〇歳以上のうち独立歩行の可能性を残している場合には、早期離床、歩行能力獲得のため人工骨頭置換術を選択する。この七〇歳以上とする基準は厳格なものではなく、一般状態や既往症歴など他の条件により判断されるべきである。」(乙九)。「比較的高齢者(およそ七〇歳以上)のガーデンⅢ、Ⅳ型にはかなり積極的に人工骨頭置換術を選ぶ。その理由は、<1>骨接合術の成績が良くない、<2>骨接合術では早期離床ができず、療養期間が長い、<3>患者の余命が人工骨頭の耐用年限内にある、であり、比較的低年齢者(およそ六五歳以下)やガーデンⅡ型にはなるべく骨接合術を選ぶ」(乙一〇)との記載があり、これらによると、ガーデンⅢ型は境界事例であり、また、年齢的には六五ないし七〇歳以上では人工骨頭置換術、それ以下の年齢では骨接合術が適応となること、しかし、年齢の要素は患者のその他の条件により左右され得ることが認められる。
(3) 水谷医師は、原告の治療法について骨接合術ではなく人工骨頭置換術が適応すると判断した理由として、原告の骨折はガーデンの分類のⅣ又はⅢ型であり、骨折部位の角度も七〇度近くあり骨癒合には不利であること、原告は年齢だけからすると骨接合術を考慮する余地もあるが、自転車からの転倒だけで大腿骨頸部内側骨折を起こすという高齢者に典型的な経緯をたどっており骨が脆く、骨粗鬆症の傾向が推測されたこと、脳溢血や胃潰瘍の既往があり、心電図検査で異常が認められ虚血性心疾患の疑いもあったことから長期間のベッド上での安静が必要な骨接合術では余病併発の懸念があったことなどを挙げる(乙一五)。
(4) 原告は本件事故当時六一歳であったところ、本件事故当時胃潰瘍を患い服薬中であったことはカルテ上明らかであり(乙一・三頁)、本件事故後、中部労災病院でも骨粗鬆症と診断されていることから(甲一四)、本件事故当時も骨粗鬆症の傾向にあったことが認められる。
(5) 股関節外科の専門医である東倉萃医師(以下「東倉医師」という。)は、原告の受傷直後のレントゲン画像に照らし、原告の骨折はガーデン分類のⅢ型に該当すること、原告の場合、Ⅲ型に該当するとして骨接合術と人工骨頭置換術のいずれを第一選択とするかは難しい問題であり、年齢からいってちょうど境界例である、いずれを選択するかは生活歴を含めて様々な要素を考慮して判断すべきであるが、人工骨頭置換術を選択したことが医療行為として誤りかどうかという点では一応原則としては誤りではないと判断している(証人東倉三一、三二頁)。
(二) 以上の事実、特に、原告の年齢、他疾患の状況特に骨粗鬆症にある状況に照らすと、水谷医師が原告の大腿骨頸部内側骨折につき人工骨頭置換術を選択した判断は、医師としての相当な裁量の範囲内であって、原告の治療方法の選択に際して水谷医師の過失があったものとはみとめられない。
2 手技上の過失について
(一) 証拠(甲八ないし一〇、乙二、九、一一、一二の1、2、証人東倉)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告が被告病院で受けた人工骨頭置換術は、術後半年を経過しないうちから疼痛を再発させてルーズニング(ゆるみ)の疑いが生じていたところ、原告は経過がはかばかしくないことから平成七年八月二四日に中部労災病院を受診し、同病院でもレントゲン検査等の結果、セメント不足によるルーズニングの疑いが指摘され、同年一〇月二〇日に同病院で人工股関節置換術の再手術を受けた。この手術時の所見(乙一二の1・五頁)によれば「ステムのルーズニングを確認し、これを抜去する(容易)」とあり、ステム先の領域のセメントを抜去するのも容易であったとある。また、ステムの設置位置も大腿骨の中央ではなく内反位となっていた。人工骨頭のルーズニングは、セメントの充填不足とステムの位置が内反位となっていることがかさなれば、かなり高い確率で発生する。
(2) 人工骨頭の設置に当たりセメントを充填する方法はセメントガンによる方法と手技による方法があるが、セメントガンによる方が十分な充填が可能である。しかしセメントガンは一般開業医では未だ普及していない器具である。
(3) 手技によりセメントの十分な充填を行うのは非常に困難であるものの、東倉医師も、「きちっと手術すれば(ルーズニングは)起こらない。」(証人東倉一八頁)というのであり、その方法としては、髄腔内に貯留した血液などをチューブで排泄しながら充填を行うなどの技術を駆使すれば不可能ではないという(同四三ないし四五頁)。そして、東倉医師は、手技によるセメント充填の技術につき、「開業医じゃあんなもんですけれどもね。」(証人東倉一〇頁)、「開業医に要求するのは難しいだろう」(同四五頁)と述べるが、セメント充填を十分に行うための右の技術はセメントガンと異なり専門的な機器を必要とするものではなく、最先端の専門的知識の具備を要するというものでもなく、要するに髄腔内の空気や血液によりセメント充填が妨げられることのないように方法を工夫して、丁寧に、慎重に手技を行わなければならないということに帰着するものと認められる。そうすると、術者が股関節の専門医であるか、あるいは人工骨頭置換術も通常扱う整形外科を標榜する開業医かによりその注意義務の程度が異なるものとは認めがたい。
(二) 右に認定した事実に照らすと、水谷医師には、少なくとも、原告の人工骨頭置換術に際してセメントの充填を不足した過失が認められ、その結果、ルーズニングを引き起こしたものと認められる。したがって、水谷医師が代表を務める被告病院は、右の過失と相当因果関係に立つ損害として中部労災病院での治療が開始された時から症状固定までの間の原告の損害について不法行為に基づく賠償責任を負うものと認められる。
3 説明義務違反について
(一) 証拠(甲八ないし一一、乙一、二、一三、一五、原告本人(第二回)、被告病院代表者、証人東倉)及び前記認定の各事実によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告の傷病名は右大腿骨頸部内側骨折であるところ、この大腿骨頸部内側骨折の治療は、保存療法、骨接合術及び人工骨頭置換術(あるいは人工関節置換術)の三つに分けられる。このうち保存療法は全身状態から手術不可能な例以外に適応はないが、骨接合術と人工骨頭置換術の選択は、ガーデンの分類、患者の年齢等を考慮して決定されるものであり、原告は本件事故当時六一歳であったことなどに照らし、骨接合術、人工骨頭置換術のいずれを選択してもそれ自体が誤りといえる状況にはなかった。
(2) 骨接合術を選択した場合の不利益は、癒合するまで長期の安静を強いられ、その間に合併症の発症や痴呆などの発生の可能性があること、骨粗鬆症などで骨自体が脆くなっている場合には十分に癒合しない可能性があることが挙げられる。他方、人工骨頭置換術を選択した場合の不利益は、ルーズニングによる再手術の可能性があることが挙げられる。
(3) 本件事故当日の平成六年六月一五日から一八日にかけて、水谷医師は、原告に対し、大腿骨の骨頭が骨折していることを説明し、治療法として「人工」(人工骨頭置換術)又は「金具」(骨接合術)があることを説明した。その際、同医師自身は、原告について骨接合術も可能であるものの人工骨頭置換術の方が優れていると既に考えていたが、原告にどちらにするかを決めるようにという趣旨の話をした。このとき水谷医師は、「人工」と「金具」について詳細な説明はしなかったが、原告は「金具」とは金具で折れた骨の部分を留めること、人工とは骨の代わりに人工物を入れることと理解した。そして、「人工」とは何か、との原告の問いに対して、「桑原さんには少し早いけど二〇年はもつ。」と説明し、また、金具で止めるのはつながらないときはまた再手術しなければならないということも話した。
(4) 水谷医師自身、原告に対して人工骨頭置換術を行うことが最良と考えており、原告に用いた人工骨頭と同種のものを使用して手術をするようになってから一〇年以上ものあいだ術後にルーズニングを生じた記憶がなかったため、右の説明の際、ルーズニングが起きる可能性があることについてはあえて説明しなかった。しかし実際には人工骨頭置換術を行っても手技が不良な場合にはもちろん、患者に活動性が高いときや、術後相当の年月が経過した時などにはルーズニングを生じる危険性はあった。
(5) 原告は、水谷医師とのやり取りからは人工骨頭置換術と骨接合術の詳細はわからなかったものの、水谷医師自身が人工骨頭置換術が優れていると考えていることを理解した。そして、水谷医師の説明の後自分の疑問を書き出して被告病院の他の医師に訊ねた。その内容は、自分は障害者になるのか、手術後自転車に乗れるかという点であった。これに対して被告病院の他の医師からは障害者にはならない、自転車に乗れるかどうかは乗れないことはないだろうが、自分で判断しなさいと言われた。その後、原告は医師が言うのだからと信用する形で人工骨頭置換術を受けることを納得し、平成六年六月二三日に人工骨頭置換術の同意書に署名押印して、翌二四日に被告病院において水谷医師によって人工骨頭置換術を受けた。
(二) 以上の事実を総合すると、水谷医師は原告に対して右大腿骨頸部内側骨折について手術療法を行うための同意を原告から得るに先立ってした説明において、骨接合術と人工骨頭置換術のふたつの治療法があることを告げながら、いずれかを選んだ場合の利益不利益、特に人工骨頭置換術を受けた場合に生じることのある不利益について十分な説明をしなかったことが認められる。したがって、水谷医師には手術療法を行うための同意を得るためになされるべき十分な説明をせず、原告が自己の身体に対して侵襲を伴う治療法を選択するに際して十分に検討する機会を奪った過失があると認められる。
(三) しかし、前記認定の事実、特に原告は水谷医師の説明が不十分であることを認識しつつも同医師が人工骨頭置換術を優れていると考えていることを理解してこれに従った経過に照らすと、右の説明があったとしても、原告が当然に人工骨頭置換術を選択したとまでは認めることができないから、説明義務違反に基づく原告の損害は、人工骨頭置換術を行うことに同意する意思を決定するに際して予めルーズニングの可能性があることを知った上でこれをも考慮して同意できなかったことに基づく精神的損害、すなわち自己の将来についての見通しに対する予測をするに際して比較的早期に再手術の可能性もあることを充分に考慮することができなかったことに対する慰謝料に止まるものと認められ、これを金銭的に評価すると一〇〇万円が相当と認められる。
三 争点3(被告らの責任関係)について
以上に認定した事実及び争いのない事実に照らすと、被告狩野の過失行為と原告の中部労災病院への通院開始後症状固定までの間の治療とは、本件事故による大腿骨骨折の障害を負わなければ発生しないものであるから相当因果関係があり、また水谷医師の手技上の過失(前記二2)と中部労災病院への通院開始後症状固定までの間の治療との間にも相当因果関係が認められるところ、これらの過失行為は本件事故による傷害の治療中に生じた治療行為自体の過失であって、時間的にも近接した時期に行われたものであり、客観的に関連して損害を加えたものということができるから、被告狩野の不法行為と水谷医師の不法行為とは共同不法行為となるものと認められる。しかし、被告病院における水谷医師の説明義務違反による損害は被告狩野の過失行為と態様を全く異にし、被告狩野の過失との間に相当因果関係があるとは認められないから、被告狩野の不法行為と共同不法行為の関係には立たないものと認められる。
四 争点4(原告の損害)について
(一) 被告病院入通院中の損害
(1) 治療費・文書料 一三万〇三六〇円
証拠(甲二二の1ないし11、二三の1ないし27、丙五ないし八、一〇、一一、一四ないし一七)によれば、原告が被告病院に支払った金額は総計一〇万五三九〇円であるところ、このうち付添の布団費用合計二〇七〇円は付添費用であり、貸冷蔵庫代合計二万四九六〇円は後記の入院雑費に含まれると認められるからそれぞれ控除すると、治療費・文書料として認められるのは七万八三六〇円となる。また、被告狩野に代わって保険会社が直接被告病院に支払った文書料として五万二〇〇〇円が認められる。
(2) 付添看護費 零円
証拠(甲一八、一九、乙一)によれば、原告は、本件事故後の人工骨頭置換術を受けた平成六年六月二四日から同年七月一〇日までの入院中に職業付添婦を付け、その費用として一三万〇五九四円、前記(1)に記載のとおり付添の布団費用として二〇七〇円合計一三万二六六四円の支出をしたことが認められるけれども、右の手術後六月二七日からはトイレまで歩行の許可が出て、同日にはベッドでの座位、歩行器での立位訓練、翌日には歩行器による歩行訓練、七月四日には松葉杖による歩行訓練が開始されていることに照らすと、右の期間に医師の判断による付添を必要とする事情は認められず、他に入院期間中に付添看護を必要としたことを認めるに足る証拠はない。
(3) 入院雑費 一九万八〇〇〇円
証拠(乙一、二)によれば、原告は、本件事故に基づく負傷により被告病院に一九八日間入院治療したことが認められるから、一日当たり一〇〇〇円の割合で入院雑費を認める。
(4) 装具代 五〇〇〇円
証拠(甲二)によれば、原告は平成八年三月八日に、被告病院に対して携帯用ステッキ代として右の金額を支払った事実が認められる。右の支払の日付は原告が中部労災病院で再手術を受けた後であるけれども、その支払の相手方が被告病院であることからして再手術後に右のステッキを入手したものとは認められず、むしろ、被告病院退院時前後に購入したステッキの代金を右の時期に支払ったと見るのが相当である。
(5) 休業損害 二二五万一九五六円
証拠(甲三)によれば、原告は、本件事故直前の平成五年に年額二一二万〇六〇〇円(一日当たり五八一〇円)の収入があったことが認められるから、これを休業損害の基礎収入とするのが相当である。これにつき、原告は有職の主婦であるから賃金センサスを休業損害の基礎とすべきと主張するが、証拠(甲一一、乙一、原告本人)によれば、原告は、本件事故当時夫は既に死亡し、本件事故当時はたまたま娘が同居していたものの、娘は三〇歳を越した既婚者であり夫が単身赴任であったために原告宅にいたものであって当時稼働していた様子もないことが認められ、これらの生活状況に照らすと、原告が前記の収入以外に一家の主婦としても稼働していたとは認めることができないから、賃金センサスを用いて基礎収入とすることはできない。
そこで、被告病院に入院中の一九八日間については一〇〇パーセント、通院期間中(平成六年一二月三〇日から中部労災病院への通院を開始する平成七年八月二四日の前日までの二三七日間)については八〇パーセントの割合で休業損害を認めるのが相当である。
5,810×198+5,810×80%×237=2,251,956
(6) 入通院慰謝料 二五〇万円
前記認定の入通院期間に照らし、右の額が相当と認める。
(7) 逸失利益 六六八万三五一六円
証拠(甲五、乙一、二)及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故により右大腿骨頸部内側骨折の傷害を負い、人工骨頭置換術を受けた結果、(人工骨頭置換術の選択自体に被告病院の過失がないことは前記認定のとおり)下肢の一関節の用を廃し、後遺障害等級八級七号に該当する後遺障害が生じたことが認められる。そこで、基礎収入については休業損害と同様に本件事故前年の年収二一二万〇六〇〇円を基礎とし(甲三)、症状固定時(原告の年齢六三歳)から平均余命の約二分の一に当たる一〇年間(中間利息の控除についてはライプニッツ係数を使用することとし、事故時を起算として一二年間相当のライプニッツ係数八・八六三二から事故時から症状固定までの約二年相当の同係数一・八五九四を控除した七・〇〇三八となる。)について四五パーセントの労働能力を喪失したものと認める。
なお、被告狩野は、原告の股関節の可動域は現状は九〇度くらいであり日常生活をするに差し支えない程度であるから、労働能力喪失率は四五パーセントよりも遙かに少ないと主張するが、原告は症状固定時においては人工股関節、本件事故直後の水谷病院における手術時においても人工骨頭置換術を受けたものであり、可動域の多寡に関係なく将来的にその機能が制限されることが明らかであるから、労働能力喪失率は四五パーセントとみるのが相当である。
したがって、逸失利益は六六八万三五一六円となる。
2,120,600×45%×7.0038=6,683,516
(8) 後遺障害慰謝料 八〇〇万円
原告の後遺障害は右股関節の用を廃することとなったものであるが、この後遺障害の程度、人工股関節への置換は永久的なものではないことに照らし、後遺障害慰謝料は右の額が相当と認められる。
(9) 小計 一九七六万八八三二円
(10) 過失相殺
前記認定のとおり本件事故の過失割合は原告、被告狩野とも五〇パーセントと認められるから、これを右の額に乗じると原告の被告病院入通院中に生じた損害は合計九八八万四四一六円となる。
(二) 中部労災病院通院開始後症状固定までの損害
(1) 治療費・文書料 三万〇一〇〇円
証拠(甲二四の1ないし12)によれば、中部労災病院に対して支払った治療費等は三万〇一〇〇円であることが認められる。
(2) 付添看護費 零円
中部労災病院に入院中、医師の判断による付添を必要とした事情を認めるに足る証拠はない。
(3) 入院雑費 一三万円
証拠(甲一四、乙一二の1、2)によれば、原告は中部労災病院に一三〇日間入院したことが認められるから、一日一〇〇〇円の割合で入院雑費を認めるのが相当である。
(4) 装具代 六一〇〇円
甲一七によれば、原告は中部労災病院退院直前である平成八年二月二日に松葉杖代として右の支出をしていることが認められるから、これも原告の損害として認めるのが相当である。
(5) 休業損害 一八八万八二五〇円
前記認定のとおり被告の休業損害の前提となる基礎収入は一日当たり五八一〇円であると認められる。そこで、中部労災病院への入院期間(一三〇日)については一〇〇パーセント、以後症状固定(平成八年一二月三一日)までの三二五日間については六〇パーセントの割合で休業損害を認めるのが相当である。
5,810×130+5,810×60%×325=1,888,250
(6) 入通院慰謝料 二二〇万円
右に認定の入通院期間に照らし、右の額をもって相当と認める。
(7) 小計 四二五万四四五〇円
(8) 過失相殺
中部労災病院通院開始後症状固定までの原告の損害についての被告狩野と被告病院との寄与度の割合は、前記認定の経緯に照らすと、被告狩野が五〇に対して被告病院が五〇と見るのが相当であるところ、本件事故についての原告の過失は前記認定のとおり五〇パーセントであるが、被告病院の手技上の過失による損害につき原告の過失は認められないから、中部労災病院通院開始後症状固定時までの原告の過失割合は以下のとおり二五パーセントとなる。よって、過失相殺すると、原告の右の期間の損害は合計三一九万〇八三八円となる。
1×50%×50%+1×50%×0%=25%
4,254,450×(1-25%)=3,190,837.5
(三) 損益相殺 三二一万三七一五円
証拠(甲四、丙五ないし二二)及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故による損害の填補として愛知労働基準局から障害一時金として二六四万八二九五円の支払を受け、被告狩野に代わって保険会社から、被告病院に対し原告の診断書料として五万二〇〇〇円、原告に対し本件事故に基づく損害の賠償として直接二一万四四二〇円の支払いを受け、被告狩野の父訴外狩野孝久が本件事故に基づく損害の賠償として原告に二九万九〇〇〇円を支払ったことが認められる(合計三二一万三七一五円)。そして、これらを原告の右の各損害のうちいずれに充当したかについて原告の明確な意思表示はないが、法定充当の規定の趣旨に照らし前記(一)の被告病院への入通院中の損害に充当されたとみるのが相当であるからこれを前記(一)に充当すると残額は六六七万〇七〇一円となる。
(四) 弁護士費用
前記各認定の損害額、弁論の全趣旨により認められる事案の複雑性に照らし、本件と相当因果関係に立つ弁護士費用は前記(一)について七〇万円、前記(二)について五〇万円、前記説明義務違反について一〇万円と見るのが相当である。
五 結論
以上によれば、原告の請求は、被告狩野に対して七三七万〇七〇一円及びこれに対する本件事故の日である平成六年六月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告病院に対して一一〇万円及びこれに対して被告病院の説明義務は遅くとも原告の被告病院における人工骨頭置換術が実施された日(平成六年六月二四日)までになされるべきであったものであると認められるから、説明義務違反が明らかとなった日である平成六年六月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告らに対して連帯して三六九万〇八三八円及びこれに対する被告狩野については本件事故の日である平成六年六月一五日から、被告病院については不法行為の日である被告病院における人工骨頭置換術が行われた日である平成六年六月二四日からいずれも支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 堀内照美)